ヨーロッパで暮らす

ヨーロッパで暮らしているmimiが、フランスとドイツを中心に、ヨーロッパでの生活、年中行事やニュースなどをお届けします。

ヨーロッパをもっと知りたい方に。

今までとちがう、ヨーロッパ式ライフスタイル提案。

最近、某自動車メーカーの元会長が、自分の誕生日のパーティーの費用を
会社に負担させていたとか、させていなかったとかで話題になりましたね。

大人が誕生日パーティー?と不思議に思われた方もいたかもしれませんが、
ヨーロッパでは大人もお誕生日のパーティーをします。

誕生日にお誕生会をするというと、子供のこと、と思うのは日本人だから。

今日はヨーロッパのお誕生日の祝い方をご紹介していきましょう。


子供のお誕生会
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・幼稚園・学校
もし、自分の子供が保育園や幼稚園、または学校へ行っているなら、まず通っている先に
ケーキを持って行く必要があります。

クラスの人数に合わせて、ホールケーキやマフィン、ドーナッツなど子供の好みと希望に
合わせて手作りまたは購入したものを持参します。

基本的に要冷蔵の物は持ち込めないため、日本のように生クリームを使った
デコレーションケーキは持って行けません。

保育園児など年齢の低い子供たちには、プレーンな物やバナナ入り。
でも、子供たちの一番人気は、やっぱりチョコレートケーキやマフィン。

日本ではあまり見かけないような色とりどりのチョコレートスプレッドや
マジパンでデコレーションした、かなり賑やかな飾りつけです。

また、夏場には大きなスイカをくりぬいて、ハロウィンのカボチャさながらに
カービングをしたり、いちごを持ってきたりという、ヘルシー志向の家庭も。

・家庭で
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さて、お友達をたくさん家庭に招くとなると、色々と大変です。でも、マンション暮らしが
多い都会で家が狭くても、仲良しのお友達を数名招いて楽しみます。

幼稚園児ぐらいからは、親は子供を預けると「じゃあ。」と行ってしまうので、
仲の良いお父さんお母さん数名に予めヘルプをお願いする場合もあります。

風船などで入り口やインターフォンを飾りつけてあるので、知らない人のお宅でも
「ああ、今日はお誕生会だな。」とわかり、微笑ましく前を通り過ぎることも。

家庭によってはお誕生日パーティーのテーマがあり、その衣装で行く、プレゼントも
テーマに合わせて、などという独自のパーティーをする家庭も。

日本のように凝ったお料理は必要なく、家によっては全部出来合いの物な場合も。
それでも、子供たちが楽しいひと時を過ごせればOKなところがヨーロッパ流です。

最近では、たくさんのお友達を招待したかったり、共働きで用意ができない場合、
場所を借り、サービスを利用する家庭も増えてきました。

パーティーのやり方の如何にかかわらず、とにかくみんなに楽しんでもらえればいいので、
気負わずそれぞれの家庭の事情に合わせても大丈夫なところが、
親としては非常にありがたいです。

おみやげは基本的にありませんが、お菓子が残ったら持たせてくれるおうちもあります。

ドイツでは、お誕生日の子供は、紙で作った自作の王冠を被って一日を過ごします。

なんだか、フランスのエピファニーのガレット・デ・ロワの冠みたいですよね。

国が違うのに不思議です。


大人たちのお誕生会?
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もちろん、全ての大人がするわけではありませんが、ヨーロッパではたとえワイン1本だけ
でも職場に持ってきてみんなとお祝いをする人が多いのです。

日本人的には、お誕生日の人はお祝いをしてもらう側なのでは?と思うかもしれませんが、
ヨーロッパでは、自分の誕生日を、日頃お世話になっている人たちと分かち合うことによって
祝う、という意味で、自分で準備をして祝ってもらうようにするのです。

規模の大小はありますが、簡単なおつまみとスパークリングワインなどの飲み物を用意して、
気負わない簡単なカクテルパーティーをすることが一般的です。
つまり、費用のかけ方に関しては、前出の人物はあまり一般的な例とは言えません。

でも、こうして自分で準備して誕生日を祝ってみると、「あ~、またひとつ年を取った・・・。」
と、どんよりした気持ちにはならないのが不思議です。

実際みんなに「おめでとう!」と言われ悪い気はしません。

私だけかもしれませんが、逆に、なんだか前向きな気持ちになるのです。

年を重ねることが恥ずかしいことではない文化は、こんなところから来ているのかも、
と思ったりしました。

今年の誕生日は、みなさんもご自分で企画して大勢とお祝いをしてみては?
人生変わるかもしれませんよ。
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みなさんはカーニバルというとどんな国を思い浮かべますか?

ブラジルのリオ?イタリアのヴェネツィア?それともフランスのニース?

今回は、ちょっとかわったドイツのカーニバルのお話をしたいと思います。


カーニバルの起源
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古来カーニバルというのは、春の訪れ到来を祝うためにドイツで根付いていたお祭りでした。それをカトリック教会が復活祭の断食と結び付け、「Carne(カルネ)」肉を「revale(レヴァーレ)」取り去るという意味のラテン語で、のちにイタリア語のカルネヴァーレからの借用で、その期間の宴をカーニバル(謝肉祭)と呼ぶようになりました。

断食前の食べ収めのための大騒ぎをする期間の終わりには、その責任を転嫁するために祭りの最後に藁人形を燃やすという習慣も、そこから来ていると言われています。

そのため、ドイツではカトリック教会の力の強かった地域でカーニバルが行われるようになったのです。


現在のカーニバル
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毎年ドイツの西部・南部の主な都市では、11月11日11時11分にカーニバルは始まります。この日は聖マルチヌスの日であり、祝日ではありませんが、街中は仮装した人であふれ、町の中心部の広場の特設会場ではイベントがあります。

一番規模が大きくて有名なのはラインラント地方の、ケルン、デュッセルドルフ、マインツですが、ほかにもフランクフルトやベルリンでも、南西部や南部のバイエルン地方でもカーニバルを祝います。

ここから翌年の1月5日までは、ひとまずカーニバルはお休みです。ただ、実際には、この期間に山車や衣装や飾りつけの準備は着々とされています。

1月6日。この日はエピファニー(公現祭)です。この日を境にカーニバルは再開され、灰の水曜日まではイベントが目白押しです。

所属カーニバル団体主催のイベントに参加したり、町の主催のイベントに参加したり、楽しみ方は色々。

レストランやビアホールでは仮装をしてきたらビールは無料!というような太っ腹なサービスもあったりして、思い思いに仮装した人たちは、飲んで食べて歌って踊って、とにかく楽しみます。


カーニバルのハイライト
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ラインラントでのカーニバルのハイライトは、木曜日のWeiberfastnacht(女性の日)に始まります。この日は女性たちが、男性の象徴であるネクタイをハサミで切り取ることができます。そして、お返しにキスをしてくれます。

今年は2月28日ですが毎年変わります。出張などでこの日にドイツに行かれる男性は、くれぐれも切られてもよいネクタイを着用することをお忘れなく!

ケルンでは「Kamelle(カメレー)!!!」とパレードの山車に向かってお菓子をおねだりする子供や、「アラーフ!」と叫ぶ沿道の観光客の数は100万人にも上ります。

日曜日には子供向けのパレードもあり、学校や地域単位で参加する子供達は、数キロにわたり「カメレ」や花を沿道に撒きます。

デュッセルドルフやマインツでは掛け声は「ヘラウ!」となります。

そして、Rosenmontag(バラの月曜日)。今年は3月4日です。この日街中はパレードで沸き返り、通りは仮装をした人々であふれかえります。

お店は全てシャッターを下ろし、中にはバリケードで周りを保護するお店も。街の中心部ではカーニバルの最後の一週間ずっと店を閉めるところもたくさんあります。買い物をしようと思っても開いているところがないと困るので、買い物はそれまでに済ませておいたほうが賢明です。

翌3月5日はVeilchendienstag(スミレの火曜日)。この日はFastnacht、断食の前夜という意味です。

翌3月6日、Aschermittwoch(灰の水曜日)からは断食期間が始まります。
カーニバル期間中の数々の罪を償うために大きな人形を燃やすことにより、カーニバルはようやく終了します。

そして、また翌年のカーニバルの準備にとりかかるのです。


カーニバルの準備
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カーニバルのメインはなんといってもパレード。パレードの山車や衣装は協会や団体ごとにみんな手作りです。毎年それぞれのグループのそれぞれのテーマがあり、テーマに沿って衣装を作り、山車の飾りつけをします。

台車を借りたり、装置や衣装の制作、パレードで配るための花やお菓子やプレゼントなどの準備ももちろん自分たちで。

それぞれの参加グループは、主に同じ地域、職場、学校などのメンバーで構成されていて、参加費用は当然みんな自腹です。中には年数百万単位のお金をかける人も!

一年かけて時間とお金をかけて、この日のために準備をするのです。ドイツ人達のカーニバルにかける情熱には恐れ入ります。

ケルンのある老舗カーニバル協会の会長は、人生においてカーニバルは二番目に大切だと言っています。カーニバルに没頭することにより、人生の大変な局面にも立ち向かえるのだとか。

ドイツのカーニバルには、私たち外国人には計り知れない奥深さがあるのだなと実感します。

そこまでドイツ人を熱くするカーニバル。みなさんも是非一度見に行ってみてください。


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みなさんは本を読むときどうしますか?
普通買うか借りるかのどちらかですよね?

でも、ドイツにはもう一つの選択肢があります。

今日は、モノを大切にするドイツ人ならではのちょっと変わった本の手に入れ方をご紹介します。

ドイツ人と書店
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ドイツにはあちこちに書店があります。
大型のチェーン店の書店は街の中心部には必ず何件かありますし、駅前には町の小さな書店も。古本店もあちらこちらにあり、人々の生活に根付いているように思います。

電子書籍がこれだけ普及していても、本屋さんはなくなりません。

クリスマスシーズンには、カードや包装紙などのギフトを買い求める人と、プレゼント用の本を買いに来る人でどこの書店も大混雑。
最近は店内のカフェでゆっくりとしたり、ソファーで立ち読みならぬ座り読みができる書店も。
売店では雑誌が売っていたり、街角には新聞の自動販売機も。

ネット社会になった現在も、ドイツ人は紙媒体がお好きなようです。


図書館で借りる
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堅実なドイツ人は図書館好き。一度読むだけでいいものなら買うのではなく図書館で借ります。子供たちも小さい時から図書館を利用しているので、一度ついた習慣はなかなか変わらない様で、大人になっても図書館を利用するようです。

ちなみに、ドイツでは返却期日を過ぎても本を返さなかった場合、延滞料金がかかります。公共の物なので、紛失や破損で返せない場合も罰金です。

日本も見習うべきだと思うのですが、反対意見が多いのでしょうか。


もうひとつの方法
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さて、ドイツ独自のもう一つの方法とは一体何でしょう?
街中や、お店の前、時には道端のベンチに「みんなのための本棚」が置いてあります。ここに置かれている本は持ち帰ってもいいし、読み終わればまた戻しておく人もいれば、誰かに渡す人もいるようです。また、自分が不要になった本を持ってきてこの棚に入れておけば、別の人が読めるという本棚です。

また、ある時は、電車の中で本を置いて行った人に「忘れてますよ!」と声をかけた人がいました。置いて行った本人が「もしよかったらどうぞ。」と言うと、声をかけた人は「ありがとう!」ともらっていきました。

このような声かけは、電車の待ち時間や、公園でも見かけました。ドイツではどうやらよくあることのようです。

また、新聞を電車内で読み終わったら、わざと座席や網棚において、次に読みたい人が読めるようにすることも。


資源を有効に
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紙媒体はどうしても読み終わったらゴミになってしまいます。だからと言って、全く読まないというわけにもいかないでしょう。

それなら、ドイツのように一度きりで捨ててしまうのではなく、同じ本や新聞を何度も読んでから捨てるほうがよいと思いませんか?

日本だと図書館の本や古本に抵抗があったりする人も多いようですし、電車内の網棚や座席に置き去りにされている物を読むのは、恥ずかしいと思うかもしれません。

それでも、二つのエコのため、(エコロジック)環境にやさしくて、(エコノミック)経済的な生活のためだと思えば、日本でもできると思うのですがどうなんでしょうか。

ドイツでは、書籍の再利用が徹底されているため、学校の教科書も貸与式です。毎年子供たちは学校から貸与される教科書にカバーをかけ、自分の教科書として使い、使い終わったらまた学校に返却します。

教育の場である学校は、使ったものを捨てずに他の人へと託す教育の場になっています。

そしてこの「読み終わった本は次の人へ」の習慣は、ドイツ人に脈々と受け継がれていくのです。

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ゴミ問題について綴るうち、消費社会に暮らすことについて色々と考えました。

今日は、どうしても避けて通れない豊かさと消費問題について書いてみたいと思います。

消費社会日本
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日本では、常に新商品がでています。街には広告があふれ、まわりが持ち始めると、自分もなぜか買わなければならないような気がしてつい買ってしまう、そんな雰囲気があります。

それに、古いものを使うのはなんだか恥ずかしい、という日本人独特の周りの目を気にする気質も相まって、まだ使える物があっても、新しいものを買ってしまうのが日本人です。

もちろん、ヨーロッパでも新製品の広告がありますが、周囲の人が持っているからとか、周りの目を気にして買うというのは少々子供っぽいと見なされるので、みんな他人は他人自分は自分というスタンスです。

それに、壊れていても自分の気に入ったものは何度でも修理して、ずっと長く使うのがヨーロッパ流。

どちらがゴミをたくさん出しているかは、一目瞭然です。


ミニマリスト?それともケチ?
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ヨーロッパで生活していると、モノがあふれた生活をすることは、なんだかばかげたことのように思えてきます。よく言えば質素、悪く言えばケチなのですが、それで誰かに迷惑がかかることはありません。少なくとも、環境にはやさしい行動です。

最近は日本でも、ミニマリストや断捨離などが流行っていて、溢れかえるモノたちを処分することが流行っているようです。

ただ、これはいかに今まで自分たちが大量のモノに囲まれて暮らしていたかの裏返しで、どんなにモノを処分しても、次々に新たなモノを購入していては、結局同じこと。

もちろん、まわりに迷惑がかかっていないのなら、それでも全然問題ないのですが、環境問題と言う視点で見ると、こういった消費行動はあまり称賛されるべきことではありません。

満たされない気持ちを消費することによってやり過ごしている、日本の消費はそのような傾向があるように思います。

自分の行動を振り返っても、やはり本当に気に入ったものは何十年たっても使えますが、周りに流されて購入したものは、結局ほとんど使わないことが多いのです。

これからは、孫子の代にも受け継いでもらえるような本当に必要なモノを選択していきたいと思います。


お金で買えない幸せ
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「フランスで見つけた幸せ」の中でも書いた通り、日本にいた頃はあふれるほどのモノに囲まれて、消費することによって幸福感を得ていました。

当時はそれが当たり前と思っていたし、まわりも同じでした。それ以外を知らなければそれが「普通」なわけで、幸せになるためには次から次へと新しいものを買ったり、消費したり。

旅行に行っても、できるだけ時間を有効に使うべく、行けるだけの場所に行き、観光・見学・観劇・スポーツなどのアクティビティーを詰め込んで、一日を無駄なく過ごしました。

それでも常になんだか満たされていない気持ちがあったのは確かで、それは自分の仕事が忙しすぎるせいだと思っていました。

そのため、フランスへ行ったときに本当にささいなことに幸せを感じる自分に、日本の人たちは「それはよっぽど、日頃大変な生活をしてるから。」と言いました。確かに、それも一理あるかもしれません。

でも、休暇にでかけても、休む間もなくあくせくと動き回る日本人と、ビーチで毎日のんびりしているフランス人やドイツ人の、どちらが幸せかというと、私は後者だと思います。

お金では買えない幸せ、お金をかけなくても手に入る幸せ、それがあることが、本当の豊かさなのではないでしょうか。

そして、心の豊かさを手に入れる代わりに少しの不便をがまんすることにより、環境問題に関して社会貢献できる、またそのことによって、さらなる幸福感を得ることができる、それがヨーロッパでの生活では実現できるのです。

心が満たされていれば、余計な買い物は必要ありません。本当の豊かさはモノの消費ではなく、モノがたくさんあることは必ずしも幸せにはつながらないと、心しておきましょう。
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昨日に引き続き、今日はドイツとフランスのゴミ事情の第2弾です。

ゴミと暮らし
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初めて私がフランスへ行った頃、まだフランスには分別収集がありませんでした。当時のリサイクルはガラス類だけでした。

他にリサイクルと言えば、衣類の回収を地域の教会がしていたぐらいでしょうか。

最近では日本でもあちこちのお店でプラスチック容器や牛乳パックやペットボトルのリサイクルコーナーが設けられています。分別収集もかなり徹底されているように思います。

こうして見ると、ゴミのリサイクル先進国と呼ばれるドイツにも、日本のゴミ事情、リサイクルは引けを取らないように思えます。

ただ、日本で暮らしていると、あっという間に大量のゴミがたまってしまうことに気づきます。
なぜなのか私なりに考えたのですが、2つ思い当たることがありました。

ひとつめは、日本は色々と丁寧に包装されていることが多いことです。特に贈り物として頂いた物など、たまにロシアの入れ子式人形のマトリョーシカのように何重にも包装されていることがあります。あまりに包装が多くて、いつになっても中身にたどり着けないのでは?と思うほどです。

もうひとつは、日本は、特に最近、食品などの一つ当たりの量が少ない、ということです。私が日本に住んでいた20年前と比べ、明らかに個別包装が増えています。

食べきりサイズ。手を汚さない。持ち運びに便利。おひとり様用。色々と理由はあるのでしょうが、結果として私たちはゴミを買うことになっているのです。同じ内容量の物でも、個別包装を2つ~3つ買うことと、大きめのパッケージ入りの物を1つ買うのでは、どちらがゴミの量が多くなるかは明らかです。
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ゴミの回収日は決まっていても、分別収集のゴミ箱にいつでも入れられることが、ヨーロッパでのリサイクルに対するハードルを下げているようにも思えます。

ガラス類や古着、生ゴミにしても、いつでも回収ボックスに入れられることにより、リサイクルとして出される物の量が増え、ゴミの量が減るという良いサイクルができるような気がします。

日本のように次の回収日まで待てずに、出すべき日ではない日に出してしまい、回収されなかったり、リサイクルの作業を滞らせたりという問題は、ヨーロッパ式にすることで解決されそうな気がします。とはいえ、もちろん最終的には、個人個人の意識の問題であることは自明の理ですが。


ゴミと将来


買い物袋
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買い物には必ずマイバッグもしくはかごやカートを持参するのが当たり前のヨーロッパ。

近年では日本でも、レジ袋の代わりにマイバッグを持参するなど、エコな生活が少しずつ始まっています。

それでも、レジ袋は持参するか有料でしかないヨーロッパと比べると、自分の懐が痛まないとなかなか難しいのかな、というのが外部者として日本に行く私の感想です。

昔の日本はもっとエコでした。
生活が便利になり、人々が豊かになるにしたがって、ゴミはどんどん増えてしまいました。

最近はヨーロッパでも、ゴミの削減のために、プレゼントの包装紙代わりに利用しようと、日本の風呂敷が紹介されたりもしています。

ゴミを減らす
例え分別収集が徹底されても、ゴミを減らすところに焦点を合わせない限り、本当の意味でのごみの削減にはなりません。

例えばレストランで食べ残しても、ドイツでは持ち帰ることができます。ただ、持ち帰り用容器の使い捨て問題は、実はドイツでも今後の課題です。

スーパーなどの消費期限切れの食品は、教会などの慈善団体が中心となって回収し、生活保護者などにほぼ無料で配られます。

これに関しては、以前は廃棄処分していたフランスでも法改正がありました。

そして、日本でスーパーに並ぶ、きれいに大きさも形もそろった野菜や果物たち。

私はいつも、それを見て「工業製品みたいだな。」と思ってしまいます。きっと、残りの売れない野菜や果物たちは、どこかで廃棄処分されているんでしょう。

ヨーロッパはもっとバラバラなのが当たり前。その分、価格も安くなり、お財布にはやさしいし、地球にもやさしい。

そろそろ、私たちひとりひとりがもう少し環境について考えてもよい頃なのではないでしょうか?

便利になりすぎた日本の生活。消費者として多少の不便があるとしても、自分たちの将来のため、子供たちの未来のためにできることを考えていきたいものです。

ご意見、コメント・メッセージお待ちしております。
また、こちらからご賛同いただけたら、うれしいです。

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